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京都・応仁の乱から生まれた銀閣寺「銀閣寺垣~東求堂 国宝」

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銀閣寺の総門前  2015年11月

銀閣は、金閣、飛雲閣(西本願寺境内)とあわせて京の三閣と呼ばれ
銀閣寺は「人の世むなし(1467年)、応仁の乱」から生まれました。

銀閣寺垣(ぎんかくじがき)

総門を入り右折した白砂の参道は、寺院の防衛的な役割があったと考えられ
細い路地のような銀閣寺垣と呼ばれる竹垣が、中門へと続いています。

また、見えないようになっているのですが(この写真に見えています。(^^ゞ)
俗世から浄土の世界に入る境界線があるので、行かれたら見つけてください。

中門

銀閣寺の正式名は『東山慈照寺』(とうざんじしょうじ)と言います。

観音殿(銀閣)を含めた寺院全体を「銀閣寺」と呼ばれ
平成6年 (1994年) 、世界遺産文化遺産に登録されました。

銀閣寺と呼ばれる説には
銀閣寺の建立が、文明14年(1482年)室町幕府八代将軍足利義政公によるもので、義政公は祖父にあたる三代将軍足利義光公の北山殿金閣(鹿苑寺)にならい、山荘東山殿を造営しこの東山慈照寺(義政公の法号 慈照院にちなみ)の俗称として、江戸時代に入ってから「銀閣寺」と呼ばれるようになったそうです。

月見台と銀沙灘(ぎんしゃだん)

現在の向月台は、高さ約180cm、頂上部の直径は120cmありますが、歳月が経つと共に形状が変化して、お椀を伏せたような形だったのが人の手によって徐々に高くなり、今のように富士山を思わせるような形になったと言われています。

波紋を表現した「銀沙灘(ぎんしゃだん)」は、向月台と同じ「白川砂(しらかわすな)」と呼ばれる京都特産の砂が使われています。この白川砂は反射率が高く、月の光を反射して方丈を淡く照らす効果があると言われています。

錦鏡池と東求堂(とうぐどう) 国宝

日本最古の書院造建築物で、1486年に建築されました。

お庭の中心が錦鏡池(きんきょうち)であり、東求堂から銀閣にかけて配されています。また池には仙人洲や白鶴島といった中島が配置され、それぞれ自然石を利用した橋が架けられています。


東求堂の名前は、仏教の世界では西に極楽浄土があると考えられ
「東方の人 念仏をして 西方に生ずるを求む」から、名付けられました。   

義政公の持仏堂で、一層の入母屋造り、檜皮葺きです。
北面には六畳と四畳半の二室があり、北面東側の四畳半は
草案茶室の源流、四畳半の間取りの始まりと言われています。

ーーー京都ぶらり 歴史探訪より(写真禁止で撮れなかったところです。)ーーー


東求堂の中に入ります。

足利義政公 木像


阿弥陀如来立像

義政公が、毎日「極楽往生」を願って手を合わせたと言われています。

ーーーーー ここまでは「京都ぶらり 歴史探訪」より ーーーーー



東求堂を出て展望台へ向かいます・・・


展望台からの眺めです。

展望台からは、銀閣寺の庭園や建物が見渡せますが
遠くには山々も見えています。。。

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